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切削加工で発生する残留応力とは?
金属や樹脂などの材料を削って所望の形状を作り出す切削加工は、現代のモノづくりにおいて不可欠な基盤技術です。しかし、この切削加工プロセスにおいては、目には見えない「残留応力」が部品内部に発生することが避けられません。この残留応力は、時として製品の寸法精度や強度、寿命に悪影響を及ぼす厄介な存在となります。
本記事では、切削加工における残留応力の正体とその発生要因、そして基本的な対策方法について分かりやすく解説していきます。
切削加工における残留応力とは?発生メカニズムと及ぼす影響
残留応力とは
残留応力とは、外部からの力(荷重)が作用していない状態でも、材料内部に存在している応力(内力)のことを指します。加工や熱処理などによって材料内部の原子配列に不均一なひずみが生じ、そのひずみを維持しようとする内部的な力として現れます。
発生メカニズム
切削加工において残留応力が発生する主な要因は、大きく分けて「機械的要因」と「熱的要因」の2つです。
- 機械的要因: 切削工具が材料に食い込み、削り取る過程で、材料表面とその近傍には大きな塑性変形(元の形に戻らない変形)が生じます。工具による材料の押し込みやせん断といった作用が、内部にひずみを残し、これが残留応力の源となります。
- 熱的要因: 切削加工時には、工具と材料の摩擦や材料の変形によって高い熱(切削熱)が発生します。この熱により、材料表面は局部的に高温に加熱され膨張しますが、内部は低温のままです。加工が進み、冷却される過程で、表面と内部の不均一な収縮が発生し、これが熱的な残留応力を引き起こします。
残留応力の種類と特徴
残留応力は、その力の向きによって主に2種類に分けられます。
- 引張残留応力: 部材を引き伸ばす方向に作用する応力です。一般的に、部品の強度や寿命に対して悪影響を及ぼすことが多く、疲労強度の低下、応力腐食割れ(SCC: Stress Corrosion Cracking)、加工後の変形などを引き起こす原因となります。
- 圧縮残留応力: 部材を圧縮する方向に作用する応力です。引張残留応力とは対照的に、表面近傍に適切な圧縮残留応力が存在すると、亀裂の発生や進展を抑制し、疲労強度を向上させる効果が期待できる場合もあります。しかし、内部応力とのバランスが崩れると、やはり変形の原因となる可能性があります。
残留応力が引き起こす主な問題点
残留応力、特に引張残留応力は、製品の品質や信頼性に以下のような様々な問題を引き起こす可能性があります。
- 加工後の変形・寸法精度不良: 切削加工後に部品を固定から解放したり、後工程で熱処理を行ったりすると、内部の残留応力が解放されて変形が生じ、狙い通りの寸法や形状が得られなくなることがあります。特に薄肉部品や高精度が要求される部品では顕著な問題となります。
- 疲労強度の低下: 部品に繰り返し荷重がかかる場合、引張残留応力は亀裂の発生起点となりやすく、また亀裂の進展を助長します。これにより、部品の疲労寿命が設計値よりも大幅に短くなる可能性があります。
- 応力腐食割れ(SCC): 引張残留応力が存在する状態で、特定の腐食性環境(例えば、ステンレス鋼における塩化物環境など)に晒されると、材料が脆化して割れやすくなる現象です。予期せぬ破壊につながる危険性があります。
切削加工時の残留応力を低減・制御するための対策
残留応力の発生を完全にゼロにすることは困難ですが、その影響を最小限に抑え、あるいは積極的に制御するための対策は存在します。ここでは、主な対策方法をご紹介します。
加工条件の最適化
切削条件の調整
- 切削速度: 一般的に、切削速度を上げると切削熱の影響が大きくなり、引張残留応力が大きくなる傾向があります。一方で、構成刃先が発生しやすい低速域も残留応力には好ましくありません。材料や加工形態に応じた最適な速度域を見つけることが重要です。
- 送り量: 送り量が大きいと機械的な影響が強まり、残留応力が大きくなる傾向があります。
- 切り込み深さ: 切り込み深さが大きいほど、塑性変形域が深くなり、残留応力も大きくなる傾向があります。仕上げ加工では切り込み量を小さくすることが一般的です。
工具の選定と管理
- 切れ味: 鋭利な切れ刃を持つ工具(シャープエッジ)を使用することで、加工抵抗と切削熱を低減し、残留応力を抑制できます。工具摩耗は切れ味を低下させ、残留応力を増大させるため、工具の寿命管理は非常に重要です。
- 工具形状: すくい角や逃げ角などの工具ジオメトリも残留応力に影響を与えます。一般に、すくい角が大きい方が切れ味が良くなり、残留応力低減につながります。
切削油剤の活用
適切なクーラントを選定し、十分な量を適切な箇所に供給することで、冷却効果と潤滑効果を高めることができます。これにより、切削熱の影響を低減し、工具と材料間の摩擦を減らし、結果として残留応力の発生を抑制します。
加工方法の工夫
- ダウンカットとアップカット: フライス加工におけるダウンカット(下向き削り)とアップカット(上向き削り)では、発生する残留応力の状態が異なる場合があります。加工状況に応じて使い分ける、あるいは組み合わせることが有効な場合があります。
- 仕上げ代の管理: 荒加工で大きな残留応力が発生しても、仕上げ加工でその影響層を除去できるよう、適切な仕上げ代を設定し、仕上げ加工では小さい切り込み量で加工することが推奨されます。
後処理による改善
切削加工後に特定の処理を施すことで、発生した残留応力を低減したり、有益な応力状態(圧縮残留応力)を付与したりすることができます。
- 熱処理(応力除去焼なまし): 部品を適切な温度に加熱し、一定時間保持した後にゆっくり冷却することで、原子の再配列を促し、内部のひずみを緩和・除去する方法です。残留応力を低減する最も一般的な方法の一つです。ただし、材料によっては硬さの低下などを伴う場合があります。
- 研磨処理: バレル研磨や化学研磨、電解研磨などで表面層をわずかに除去することにより、残留応力が高い最表面層を取り除き、応力を低減できる場合があります。
まとめ
切削加工時の残留応力は、部品の変形や強度低下、寿命短縮を引き起こす無視できない課題です。機械的・熱的要因で発生し、特に引張残留応力は性能に悪影響を与えます。対策として、加工条件の最適化、適切な工具やクーラントの選定、応力除去焼なましやピーニングといった後処理が有効です。これらの残留応力対策は、高品質で信頼性の高い製品を安定して製造するために不可欠となります。残留応力への理解を深め、自社の加工プロセスを見直し、継続的に技術を検討することが重要です。